店の入口に貼られていた一枚の手書きの紙を見て、思わず足が止まった。
そこには、こう書かれていた。
「当店では、御予約のお電話に対して、超人気店っぽく思われたい一心から『少々お待ち下さい。只今予約状況を確認いたします。』などと言ったりしますが、実際はメモ用紙を取りに行っているだけで、ほとんど御予約可能です。」
……正直、笑ってしまった。
たしかに予約の電話って、あの一言で急に空気が変わる。
「少々お待ちください」
そう言われた瞬間、こっちは勝手にいろいろ想像してしまう。
あ、もう満席かも。
やっぱり人気店だから厳しいのかな。
もしかして、ギリギリ一席だけ空いてる感じ?
いや、週末だし無理かもしれない。
電話口で返事を待つ数秒間、なぜか少しだけ緊張する。
しかも店員さんが戻ってきて、
「お待たせいたしました」
なんて言うと、もう完全に“審査結果発表”みたいな気分になる。
「どうか空いてますように……」
そんな気持ちで待っているのに、実際の裏側は、ただメモ用紙を探しに行っていただけ。
この正直さ、嫌いになれるわけがない。
普通なら、店側はこういうことを隠したがると思う。
「人気店に見せたい」
「予約が取りにくい雰囲気を出したい」
「お客さんに特別感を持ってもらいたい」
商売としては、そういう演出もたぶん大事なのだろう。
でもこの店は、それを自分からバラしている。
しかも最後には、
「スタッフのかっこつけたい気持ちを御理解いただいた上で、バンバン御予約下さいませ。
」
この一文。
もう、ずるい。
ちゃんとふざけているのに、ちゃんと伝えたいことは伝わる。
「予約できます」
「遠慮しないでください」
「週末のピーク時は本当に満席の時もあります」
「でも基本的には来てほしいです」
この全部を、堅苦しくなく、押しつけがましくなく、笑いに変えて伝えている。
もしこれが普通の貼り紙だったら、きっとこうなる。
「ご予約承っております。お気軽にお問い合わせください。」
悪くはない。
でも、多分誰も写真を撮らない。
誰も足を止めない。
誰も誰かに話したくならない。
ところがこの貼り紙は違う。
「少々お待ちください」の裏側を、ここまで人間くさく見せられたら、こっちまで電話したくなる。
むしろ予約の電話をして、店員さんにそれを言われた瞬間、
「あ、今メモ用紙取りに行ってるんだな」
と思って、笑ってしまいそうだ。
たぶんこの店は、料理だけじゃなくて、こういう空気も含めて愛されているんだと思う。
完璧な接客より、少し抜けているくらいの正直さ。
かっこつけているのに、かっこつけきれない可愛さ。
お客さんとの距離を、ほんの少しだけ近づける言葉選び。
こういうお店って、入る前からもう少し安心する。
「ちゃんとしてます!」と強く言われるより、
「ちょっとかっこつけてます、すみません」
と言われるほうが、なぜか信用できる時がある。
商売って、不思議だ。
きれいな言葉だけが、人を動かすわけじゃない。
丁寧すぎる説明だけが、安心を作るわけでもない。
たった一枚の手書きの紙で、
「あ、この店、なんか良さそう」
と思わせることがある。
この貼り紙を見てから、予約の電話で「少々お待ちください」と言われるたびに、少しだけ世界が優しく見える気がした。
もしかしたら、電話の向こうでは本当に予約表を確認しているのかもしれない。
でも、もしかしたら。
店員さんが小走りでメモ用紙を探しているだけかもしれない。